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時代を越え、艶やかに響く和製ソウルの傑作、小坂忠の『ほうろう』

今夏はシュガーベイブの『SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition-』のことを話題にする人が周囲に多かった。8月に出た同作のオリジナルについては以前このコラムでも取り上げられているので触れないが、その主要メンバーであった山下達郎と大貫妙子もレコーディングに参加している、小坂忠の『ほうろう』('75)を今回は取り上げてみたい。

 実はこちらのほうも、8月に『ほうろう 40th Anniversary Package』が発売されたばかりで、内容は1975年発売のオリジナル『ほうろう』と2010年にオリジナル・マルチテープをもとにヴォーカルをニュー・レコーディングした『HORO 2010』をカップリングした2枚組パッケージ盤。高品質Blu-spec CD2仕様。もともと1975年にオリジナル盤がLPでリリースされた時から、本作の音質の良さはたいそう評判になったものだが、その後、何回目かのリマスター盤が制作され、筆者が持っている2001年盤でも何の不満も感じない。とはいえ、新メディアを使用し、最新のリマスターが施されたとあれば、この名盤にどう新たな命が吹き込まれているのか、今、落ち着かない気分になっているというのが正直なところだ。ちなみにでシュガーベイブの『SONGS』は1975年4月、小坂忠の『ほうろう』は同年1月。ほぼ同時期に制作されていたことになる。

 日本発のポピュラー音楽の作品、もっと現代的に言えばJ-POPの作品として…まだその呼称がなかった時代のものではあるものの、たぶん本作は現在においても歴代5指に入る名作ではないだろうか(その5作品を挙げよと言われたら困るけれど)。前述したように、所持している2001年盤を聴き通した結果、改めてその意を新たにしている。

 まず、小坂忠の音楽キャリアから辿ってみるとしよう。その歩みは、1966年、グループサウンズ(GS)「フローラル」のメンバーとして参加、というのが最初とされている。このバンドには後に日本を代表するキーボーディストとして名高い柳田ヒロが在籍していたことでも知られるのだが、フローラル時代には柳田ヒロはギター奏者だった。当時はグループサウンズの人気が沸騰していた時代なのだが、メンバーはそのタイガースやスパイダース、オックスら芸能事務所主導のアイドル然としたスタイル、音楽指向に反発を覚え、次第に活動を停滞化させていき、シングル2枚を残してあっけなく解散となる。そして、小坂忠は1968年の大晦日に写真家、野上眞宏氏の自宅で開かれていたパーティーで、松本隆、大滝詠一を除く後の「はっぴいえんど」のメンバーやドラマーの林立夫と知り合ったのをきっかけに、新バンド「エイプリルフール」を結成する。メンバーは細野晴臣(ベース)に松本隆(ドラム)、鈴木茂(ギター)に、「フローラル」から小坂、柳田、そして菊池英二(ギター)らが合体したかたちだったが、細野らと柳田、菊池の音楽的な対立が起こり、アルバム1枚を残しただけで解散する。細野らはそのまま小坂忠を加えたかたちで「はっぴえんど」結成へと進むはずだったそうだ。ところが、オフ・ブロードウェイ・ロック・ミュージカル『ヘアー』の日本版上演のオーディションを受けていた小坂忠が合格したために、彼の「はっぴいえんど」参加は見送られてしまう。小坂忠の代わりに「はっぴえんど」参加したのがご存知、大滝詠一だった。一方、せっかく出演が決まっていたミュージカル『ヘアー』だったが、メンバーのマリファナ不法所持による逮捕であえなく中止となってしまう…。

 活動が宙に浮いてしまった小坂忠のところへ、ミュージカル『ヘアー』関係者だった村井邦彦、川添象郎、ミッキー・カーティス、内田裕也らが起こした音楽レーベル「マッシュルーム」から1971年、ソロアーティストとしてのデビューが持ちかけられ、レコーディングが行なわれる。メンバーはミッキー・カーティス人脈と細野、松本、鈴木の「はっぴいえんど」組からなり、そしてデビュー作『ありがとう』('71)が完成する。タイトルチューン「ありがとう」や細野提供の「春が来た」、放送禁止になってしまう「どろんこまつり」など、秀作を含んだこのアルバムでは、小坂忠はすでにヴォーカリストとして優れた感性を発揮している。ロック的なものに、フォークやカントリーらしさが混在するアルバムは、ヴォーカルとともに洗練されたサウンドが展開されていて、ジェームス・テイラーの英アップルからのデビュー盤同様、来たるべき新しい時代の到来を感じさせた。これは、今回、実は『ほうろう』をあえて外して、この『ありがとう』を名盤紹介として取り上げようかと内心思っていたほどで、小坂忠のキャリア中、もうひとつの傑作と言えるのではないかと思う。

 話を先に進めると、小坂忠本人もメンバーとして参加するつもりでいたらしい、バンド「フォー・ジョー・ハーフ」(四畳半である)をバックに録音されるのが2nd作『もっともっと』('72)で、駒沢裕樹(ペダル・スティール)、松任谷正隆(キーボード)、林立夫(ドラム)、後藤次利(ベース)らのメンバーが配されている。バンドは小坂忠のライヴのバックを担当し、やがて「小坂忠+フォー・ジョー・ハーフ」として活動が続けられる。しかし、それも長くは続かず、細野晴臣の『HOSONO HOUSE』('73)のレコーディングに「フォー・ジョー・ハーフ」のメンバー全員が参加するなどして、コンスタントな活動は中断されてしまう。そうした事情も影響したのか、レコーディングメンバーを一新して望んだ3作目となる『はずかしそうに』('73)ではサウンド面でも新たな方向にシフトチェンジが計られる。同年、スティービー・ワンダーの『迷信』('73)が大ヒットを記録しているのだが、この頃、モータウンやフィリーソウルの魅力に開眼した小坂忠の指向によるものか、アルバムは巧みにジェームス・テイラー+ザ・セクション風のアコースティックサウンドとキレのいいソウルミュージックとの融合が図れれている。あくまで日本語で歌われるわけだが、この言葉とサウンドの馴染み具合、コンテンポラリーとも言える音の重なりに歌が絶妙の絡みをみせる展開は、タイプこそ違え、もしかすると「はっぴいえんど」が取り組んでいた日本語のロック化以上にハイセンスなものへと結実しているように思える。

 今となっては意外でもないのだが、小坂忠の音楽のルーツ、その原点にはレイ・チャールズ、それからナット・キング・コール、同時にハンク・ウィリアムスという存在があるらしい。そういった背景も、巧みに溶け込ませているように感じるのだ。歌われている歌詞などは、フォークグループでさえここまで純文学的な言葉、表現は使わなかっただろうと思えるほどの単語が並ぶ。ありきたりなラブソングはほとんどない。それら、ある意味「はっぴえんど」と同じ世界観が、アルバムを追うごとにリズム・セクションと絶妙に絡み合っていく。また、バンドとして、それからソロデビュー作から『はずかしそうに』あたりまでは、自分のヴォーカルスタイルを模索している段階であったと過去のインタビューでご本人が語られていた。そのスタイルが見つかり、自信を持って歌ったアルバム、それが『ほうろう』('75)であり、当時27歳の作品である。

 本作のレコーディングに関わった人たちのことに触れないわけにはいかないだろう。ティン・パン・アレー/キャラメル・ママ(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)がバックを務めているだけでも充分に豪華なものだが、他にキーボードに鈴木晶子とある。これは当時20歳の矢野顕子の変名である(矢野はバンド、ザリバでデビューしていたが、ソロデビュー『JAPANESE GIRL』('76)を翌年に控えていた時期であった)。キーボードの他、矢野は本作では「つるべ糸」の楽曲も提供している。また、ストリングス&ホーンのアレンジを手がけている矢野誠は、アルファ・ミュージックを中心にこの頃から数多くのアルバムプロデュースを手がける人物で、当時は矢野顕子と結婚したばかりだった。バッキングヴォーカルには吉田美奈子、大貫妙子、山下達郎が名を連ねている。大貫妙子、山下達郎については冒頭で触れたシュガーベイブのふたりであるというだけでも充分だろう。一方の吉田美奈子も早くから細野晴臣やティン・パン・アレー/キャラメル・ママのメンバーと付き合いがあり、デビュー作『扉の冬』('73)のバックも彼らが務めている。吉田美奈子も日本の女性シンガーを代表するひとりであり、そのデビュー作『扉の冬』も永遠に色あせない名盤に数えられる。いつか、本コラムで紹介できればと思っている。

 ここでの小坂忠のヴォーカルのすごさはちょっと類似するものが見つからないくらい、独自のもので、聴いていてため息が出てしまう。無理なく抑制の効いた、それでいて艶があって伸びていく小坂忠のヴォーカル。ことさらシャウトするわけでもないが、熱く、奥深いところに滲みてくる。歌詞もいい。細野晴臣、松本隆の作詞、作曲も交じるが、微妙な時代の移り変わりをメタファーとした「機関車」などは、何度もセルフカバーされているように、シンガーとしてだけでなく、ソングライターとしての小坂忠の魅力をよく伝えてくれる。それにしても、ティン・パン・アレーの演奏はすごいとしか言いようがない。いつだったか細野晴臣自身がティン・パン・アレー時代のことを、“演奏力に酔っていた”風な発言をされていたが、思わず頷いてしまうほど、聴いている側までもが快感を覚えてしまう演奏の連続で、本当にすごい集団だったと思う。ついでに付記しておくと、1975 年11月25日には、ティン・パン・アレーとして『ファースト』がリリースされている。また、当時、ティン・パン・アレー/キャラメルママがレコーディングで関わったアーティストとしては荒井由実、雪村いづみ、いしだあゆみ、かまやつひろし、吉田美奈子、大貫妙子らが挙げられるが、いずれも彼らの“代表作”と言える作品が、彼らとのコラボレーションによって生まれているといっても過言ではない。

凡庸な曲がない完璧な仕上がり! 曲順までパーフェクトな『ほうろう』

 簡単に『ほうろう』収録曲について触れておこう。M1「ほうろう」はとにかくファンキーだ。太く弾み、重厚なうねりを生む細野晴臣とタイトなリズムを叩き出す林立夫のリズムセクションは、日本人と思えないグルーブを生み、それが小坂忠のヴォーカルと交じると、官能的とも言える空気感が生まれている。先述したM2「機関車」もソウルフルな仕上がり。デビュー作『ありがとう』に収録されていたもののセルフカバーだが、『ありがとう』ではマンドリンを効果的に使ったフォーキーだったものが、今度はサザンソウル風というべきか。吉田美奈子のバッキングヴォーカルも効果的だ。M3「ボンボヤージ波止場」は細野晴臣のオリジナルで、次々作『モーニング』でも再演されるのだが(こちらのキレ味のいいアレンジも最高)、松任谷正隆のキーボード、鈴木茂のギターカッティングどれもが最高にカッコ良い。M4「氷雨月のスケッチ」は松本隆、鈴木茂のはっぴいえんどのコンビによる作品。はっぴいえんどとしては『ライヴ!! はっぴぃえんど』('74)に収録されている。小坂忠作曲のM5「ゆうがたラブ」のファンキーなイントロは、今聴いてもゾクゾクする。リリース当時は、さぞやみんな、ひっくり返るくらい驚いたろう。《木金土は~》《月火水は~》とコーラスで絡むのは吉田美奈子と大貫妙子。そして、LP時代はM6「しらけちまうぜ」からB面がスタートする。フィリーソウル風なロマンチックな曲で、鈴木茂のギターカッティングがここでも光る。大貫妙子らしい、透明感のあるコーラスも素晴らしい。M7「流星都市」はかつてのバンド、エイプリル・フール時代の「タンジール」をリメイクした作品。ティン・パン・アレーの鉄壁のアンサンブルが冴える。M8「つるべ糸」は鈴木晶子こと矢野顕子の作品。ストリングスを生かした、曲、詞の良さを伝える矢野誠のアレンジもいい。矢野顕子本人もライヴでは披露していたと思うが、アルバムには未収録のはず。M9「ふうらい坊」は細野晴臣の作品で、はっぴいえんどのラスト作『Happy End』('73)の冒頭を飾っている曲だ。アレンジも細野が手がけ、ここでは本家はっぴえんどでの演奏よりも、数倍のファンキーな演奏を展開している。吉田美奈子のコーラスも伸びやかで色を添えている。

 とにかく、どの曲をとってみても凡庸な仕上がりのものなどなく、楽曲のクオリティーも高ければ、歌も冴え、演奏も尋常でないレベル...と、こんなアルバムは前代未聞ではないか。不思議なのは、楽曲はカバー曲もあれば、他のバンドからの提供曲(決して本作用に書き下ろされたわけではない)もあり、アルバムとしてトータル性を持たせているわけではない。それでも、曲順まで練り上げられたかのような、一貫性が感じられてしまうのだ。だから、リマスター盤などによくある、ボーナストラックなど不要だし、それはこの先も追加してほしくない。

 キャリアの続きを書いておくと、次作ではまた小坂忠は少し路線を変え、ミッキー・カーティスのプロデュースでハワイ録音が行なわれた『Chew Kosaka Sings』('76)、自身のスタジオでのゆったりとした環境でレコーディングした『モーニング』('77)とリリースが続く。『モーニング』は前々作『ほうろう』と同様に、細野、鈴木が、そして松任谷正隆に替わって佐藤準(キーボード)によるティン・パン・アレーとのコラボレーションとなっているが、全体的に穏やかなトーンに彩られている。巧みな演奏が際立つ「ボン・ボヤージ波止場」のセルフカバーや粋なアレンジが光る「上を向いて歩こう」の秀逸なカバーを含む、本作も持っておきたいアルバムだ。あと、ほとんど一般には忘れられているが、1976年に石立鉄男主演のテレビドラマ『気まぐれ天使』のサントラ盤として、小坂忠&ウルトラ名義での『気まぐれ天使』('76)というのがあり、大野雄二(キーボード、アレンジ)が手がけたインスト7曲と、小坂忠によるヴォーカルものが4曲という構成なのだが、小坂忠のヴォーカル曲がいい仕上がりなので、興味のある方はデジタルダウンロードのサイトで検索するといいだろう。

 こうして70年代に残した小坂忠のアルバムは『ほうろう』はもちろん、どれも傑作ぞろいで、個人的には「はっぴいえんど」や「シュガーベイブ」、大滝詠一らのアルバムよりもターンテーブルに乗る回数が多かったように思う。

 それから小坂忠はしばらくメジャーな音楽シーンから離れることになる。公式なアルバムは24年後、『People』('01)まで待たねばならない。80年代、90年代の日本の音楽シーンに、個人的には何となく物足りなさを覚えることがあるのだが、もしかすると小坂忠の不在が関係しているのかもしれない。この間、小坂忠はというと、クリスチャンとなり、牧師としての仕事に携われていたのだ。音楽活動を辞めたわけではなく、クリスチャン・ヒム/ゴスペル・シンガーとして、主に教会や集会で歌声を披露されていたようだ。

 ついでのことながら、クリスチャン・ミュージックのシンガーとしては米国ではやはり、ニール・ヤングやスティーヴン・スティルスらとともに結成されたバッファロー・スプリングフィールドのオリジナルメンバーで、その後、ポコでも活躍したリッチー・ヒューレイ(近年来日した)が、牧師としての仕事をしながら数多くのゴスペル・アルバムを出していたものだ。

 小坂忠について言えば、久々にリリースされた『People』でも、ずっと歌から離れることがなかったことをうかがわせるように、まったくブランクを感じさせない見事なゴスペルシンガーぶりを披露されていたものだ。とてもクール(カッコ良い)で、年齢を重ねたぶん、しっとりと、静かに燃え上がるファンキーさがあり、表現力の巧みさにうならされたものだ。そのアルバムの高い評価を足がかりに、再び順調な音楽活動が続けられるようになり、ライヴも重ねられるようになる。その後のアルバムリリースは『き・み・は・す・ば・ら・し・い』('04)、『Connected』('09)、そして、1975年のリリースの『ほうろう』の、ティン・パン・アレーによるバックトラックはそのままに、小坂忠が新たにヴォーカルを録音した『HORO2010』('10)が、その同年にはゴスペルシンガーらしい仕事としてクリスマスソングばかりを集めた『Christmas Carol』('10)というアルバムも残している。そして、『Nobody Knows』('13)が目下のところ最新作である。個々のアルバムについて充分に紹介しきれず申し訳ないが、いずれも日本を代表するR&B / ゴスペル・シンガー、小坂忠の素晴らしい軌跡が記されたハイ・クオリティのアルバムばかりだ。なお、映像作品も『SOUL PARTY 2009』('10)がある他、『People』('01)までの全アルバムに2001年12月に新宿厚生年金会館で行なわれたコンサートを収録したライヴDVD、1972年に静岡県で行われたフォー・ジョー・ハーフとのコンサートを収録した幻の映像を加えたディスクを加えたBOXセット『Chu’s Garden』('09)が出ている。また、『まだ夢の続き』(河出書房新書/2006)、『グッドバイブレーション—バイブルエッセイ』(ミクタムブックス/2010)の著書もある。

 最後になるが『ほうろう 40th Anniversary Package』が出たのは、このアルバムをまだ知らない方には聴いてみるいいタイミングだと思う。この機会に、ぜひこの希代のヴォーカリスト、小坂忠とティン・パン・アレーが残したJ-POP史上に残る名盤『ほうろう』('75)を聴いていただきたい。もちろん、長らく本作から遠ざかっている方も、最良の音質で、名盤との再会を果たしてみてはいかがだろう。

  • minp!音楽ニュース(2015年09月02日)
  • 制作協力:okmusic UP's