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来日公演の前に予習を! ホール&オーツを聴くならこの5曲!!

今秋ホール&オーツがやってくる。現在決定しているのは4公演[10/19(月) 日本武道館、10/14(水) グランキューブ大阪、10/16(金) 愛知県芸術劇場 大ホール、10/21(水) 東京国際フォーラム ホールA]となっている。彼らの初来日はヒット連発で人気絶頂の1980年のことで、それからでも35年も経っている。と思えば、彼らもなかなか息の長いデュオである。今回の来日は2011年以来の4年振りということなのだが、かつてのような大ヒットを送り出すということはないにせよ、コンスタントにデュオ作、ライヴ作をリリースし、それぞれのソロ作の制作も行なうなど、ふたりとも音楽の現場から離れることなく活動を続けてきている。特に近年は、ダリル・ホールに比べ、なんとなく裏方的な貢献をしてきたと思われがちなジョン・オーツの旺盛な活動には目を見張らされるものがある。彼が2013年にリリースしたソロアルバム『Good Road To Follow』に示されるように、アメリカンルーツ音楽にぐっと視線を向け、自分が作ってきた音楽、さらにはアメリカンポップスの再検証を行なっている風でもある。研究肌な人なのかもしれない。

ダリル・ホールはフィラデルフィア、ジョン・オーツはニューヨーク生まれ。共にR&B、ソウルミュージックの熱狂的な信者として知られる。ダリルはドイツ系で、その端正なルックスや雰囲気からは意外に思うが、生まれは決して裕福な家庭ではなかったという。下町暮らしで、問題行動もしばしば起こし、少々荒っぽいアフリカ系住民の多いゲットーによく出入りしていたという。だが、そこで聴いたソウルミュージックに魅せられてしまったのが音楽への入口となる。

パートナーのジョン・オーツは、そのエキゾチックなルックスからも想像できるが、イギリス、スペイン、モロッコ、イタリアというファミリールーツを持っているそうだ。ニューヨーク生まれの彼が子供の頃に流行していたのは、ブリル・ビルディング系のポップス、R&B、ドゥーワップ等(ローラ・ニーロらの女性アーティストもその波をかぶっている)であった。彼も当然のようにそうした音楽に魅了されてしまったわけだ。

そんなふたりがテンプル大学の入学式で知り合って意気投合するのだが、時はちょうど60年代半ばのことで、時代的にはアトランティック・レーベルからレイ・チャールズやアレサ・フランクリンがガンガンとヒットを連発していた頃だ。後に彼らがアトランティックと契約し、デビューするのは、間違いなくあの“アトランティック”だったからなのだろうと私は睨んでいるがどうだろう。同レーベルには、彼らに先駆けてブルーアイドソウル(単純に言えば白人によるソウルミュージック)を展開していた、フェリックス・キャバリエ率いるヤング・ラスカルズ(「Good Lovin'」の大ヒットがある)もいた。

デビュー時は、それでもなかなか苦戦したようだ。まぁ、ロック全盛期に若い白人のふたりがソウルを歌うなんて無理があるというもの。金髪の見た目も麗しいダリルに対してヒゲのジョン・オーツという組み合わせも、ルックス的にはどう見てもゲイに見えなくもないと、今ではそれほどでもないが、70年代ではリスナー側にも警戒心も働いたであろう。が、やがては彼らの時代は訪れるのだ。ロック的なもの、シンガーソングライター的なもの、西海岸のカントリーロックもひと段落し、洗練されたAORや都会的なサウンドが徐々に主流となるにつれ、世の中は彼らを歓迎するのだ。

今回選んだ曲は「Sara Smile」以外はすべて全米No.1ヒット曲であり、もちろん「Sara Smile」も含めてコンサートのセットリストにおそらく組まれるラインナップではないかと思う。売れ曲ばかりを集めてみたら、「~似たような」ということにはさすがにならず、彼らの持ち味であるソウルらしさ、抜群のメロディセンス、ポップ感覚、歌唱力が発揮されたもので、そのクオリティーの高さは、それらがヒットした時から40年近くがたとうとしている現在においても、エヴァーグリーンな輝きを損なうことなく、瑞々しいほどの新鮮さを感じることができるだろう。

1.「Sara Smile」('76)

1972年にデビューした彼らは、毎年1作のペースでアルバムをリリースしていく。デビュー作はそうでもなかったが、2作目『Abandoned Luncheonette』('73)は名プロデューサーのアリフ・マーディンが手がけた作品で、全米チャートの33位に食い込む健闘を見せる。続いて、あのトッド・ラングレンがプロデュースした『War Babies』('74)は全米86位とやや順位は下げたものの、この頃からロック系雑誌に取り上げられるなど。知名度を増していく。そして、通算4作目となるセルフタイトルを冠した『Daryl Hall & John Oates』('75)がついに大ヒットする。アルバムは全米17位、そして、そこからシングルカットされたのが「Sara Smile」で、これが全米4位を記録する。個人的には今でも彼らの名前を聞くと、この曲が脳内に流れ始めるほど、そのメロディーとダリル・ホールの甘く、ソウルフルなヴォーカルには魅了された。ここで歌われている“Sara”とは、当時ダリル・ホールの恋人(その後、結婚、離婚)だった、サラ・アレンのこと。サラ自身ソングライターで、以降、ホール&オーツの多くの楽曲をダリルと共作していくことになる。

2.「Rich Girl」('77)

『Bigger Than Both of Us 』('76)収録のこの曲が彼ら初のビルボードチャート全米No.1を記録する。首位の座こそ2週止まりだったが、年間チャートでも23位と堂々たる数字を残している。この頃から出せばヒットする、と思わせるほどに彼らの快進撃が続いていく。歌のモチーフとなったのは、過激派に拉致された大金持ちの娘で、被害者転じて強盗団に仲間入りして銀行を襲撃したパトリシア・ハーストと言われていたが、どうやらそうではなく、モデルになったのは、これまたダリルの元恋人でソングライティング・パートナーのサラ・アレンの元彼のことらしい。リッチボーイをリッチガールに置き替えたというわけだ。転調の多い歌を器用に節回しをこなし、ダリルは歌いこなす。この人の歌唱力は本当に見事だと思う。生まれ育ちから、彼はフィリーソウルの恩恵というか、影響をたっぷり浴びてきているのだが、テディー・ペンダーグラスを筆頭に、スタイリスティックスとか、歌の上手さの随所に、その影響を感じさせる。

3.「Kiss on My List」('81)

『Voices』('80)に収録のシングル曲。80年代に入っても彼らの勢いは止まることなく、これまた全米No.1を記録した。歌詞の内容は“~君のキスは最高に素敵な物の一つとしてリストに載っているけど/(最高ってわけじゃない)…”と、実にヒネりの効いたもので、甘いだけのラヴソングと趣を異にしている。こんなシニカルな視点は男性にはないのではないかと調べたら、やはり歌詞を書いたのはサラ・アレンの妹のジャンナ・アレンであることが分かった。ちなみに、彼女は若くして白血病で亡くなってしまったとか。アルバムからは「Kiss on My List」以外にも4曲ほどがシングルカットされるなど、楽曲も粒ぞろいで、アルバムは全米17位、年間チャートでも8位と大ヒット、ミリオンセラーとなる。このアルバムから彼らはセルフプロデュースするようになる。

4.「Private Eyes」('81)

前作『Voices』のチャートアクションが続いている最中に早くも新作として『Private Eyes』('81)がリリースされる。秀逸なジャケットも印象的な作品だが、売れ行きも前作を上回る勢いで全米5位に。彼ら初のプラチナディスク獲得となる。ちなみに、どういう出会いがあったのか、この前年、80年にダリル・ホールはまったく畑違いと思われる英国のプログレッシヴロック界の鬼才、キング・クリムゾンのロバート・フリップと組み、ソロ作をリリースしている。フリップは当時、ピーター・ゲイブリエル、デヴィッド・ボウイらと仕事をしており、いわば第三の男となったのが、ダリル・ホールだった。もちろん。彼の持ち味である抜群のヴォイシングを駆使した意欲作で、美形のダリルのソロ作なので大いに注目された作品だったが、シングル向きの曲がなく、チャートは振るわなかった。話を元に戻せば、フリップとのレコーディングの経験は、いい意味で本来のホール&オーツの仕事に反映されたとみるべきだろう。タイトルチューンとなるこのシングルはなかなか硬質なキレ味を感じさせ、サウンド的にも従来のソウル路線に微妙にニューウェイブ感覚を臭わせている。時代感覚にうまく切れ込んでいるというわけだ。

5.「Maneater」('82)

引き続きニューウェイブ路線のアルバム『H₂O』('82)からのシングル曲。そう、忘れてはならないのは、この時代はMTVが幅をきかせていたもので、アーティストがシングルをリリースすると同時にMVもオンエアされるという仕組みで、アルバムセールスのプロモーションにMVを導入するのは当たり前になっていた。この曲もスタジオで疑似演奏をするシーンと美女と黒豹が出てくるMVをなんとなく覚えている。タイトなリズムアレンジをメインに、音数は少なく、ダリルのメインヴォーカルにジョン・オーツのコーラスが際立つシンプルな作りだが、コンパクトによく練られた曲だ。これもサラ・アレンとの共作。この曲は4週連続全米No.1、1983年年間第7位という記録を打ち立てているのだが、これを収録したアルバム『H₂O』はもっとすごい。5週連続全米3位、同年年間チャート第4位という、彼らのキャリア中、現在においても最大のヒット作となっているのだ。まさにピーク時に出たヒット曲ということになる。

と、初期の5、6年のNo.1のヒット曲を中心に瞬く間に5曲が決まってしまった。彼らがシングル曲だけでなく、アルバムセールスも驚異的な結果を残していることからも分かるように、アルバムにはシングルカットされていないものにも、捨てがたい佳作がほんとうに多い。選曲作業をする過程で、今回いくつものいい曲に再会し、結果的に彼らの実力をまざまざと実感させられる嬉しい作業を味わった。

今では門戸が広く開放され、あらゆるジャンルにそのステージは提供されるようになったと聞くが、ニューヨーク、ハーレムにある黒人音楽の殿堂ともいえるアポロ・シアターに、白人アーティストとして彼らが出演したのは、とてもエポックメイキングなことだった。もしかすると、ソウルミュージックというジャンルにおいて、彼らは黒人/白人の垣根を取っ払った真の実力派と言えるかもしれない。その時の模様はライヴ作『Live At The Apollo』('85)として記録されている。今秋の日本公演の予習としては、そのアルバムもおすすめだ。

  • minp!音楽ニュース(2015年08月03日)
  • 制作協力:okmusic UP's