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新時代の女性シンガー像を鮮やかに示したカーリー・サイモンの傑作『ノー・シークレッツ』

70年代の一時期、女性シンガーといえば必ず彼女の名前が入るほど、一時代を築いたひとりだと言っていい。キャロル・キング、ジョニ・ミッチェル、リンダ・ロンシュタット、そしてカーリー・サイモン。さらに並べ始めれば、ローラ・ニーロも入れたい、日本ではジャニス・イアンも人気だった、忘れてはならないカレン・カーペンター、通好みでマリア・マルダーも…と続くが、同世代のシンガーの中で、「You're so vain」(邦題:うつろな愛)のメガヒットを飛ばし、セクシーな容貌でメディアを賑わしたカーリー・サイモンの存在はとてつもなく大きかった。今回はその「You're so vain」を収録した彼女の大ヒット作『No Secrets』('72)を取り上げてみたい。

 久しぶりにレコード棚からLPを取り出してジャケットを眺めてみたのだが、やっぱりこれはセクシーすぎると思う。あれから43年が経ったのであり、今ではビジュアル表現はもっと過激なものがザラにあるだろうけれど、それでも72年当時、薄いスウェット地のシャツを通し、乳首が浮いて見えるカーリーの姿、それは明らかにノーブラなのであり、それだけで男子はどよめいたのだから可愛いものだった。今ではお笑い話だが、私はほぼリアルタイムで、中学生の時にこのアルバムを購入しているのだが、ショップのカウンターが女性店員だったら、このアルバムを差し出す勇気があったのかどうか心許ない。想像するに、たぶん、その時は男性店員だったから買えたのだろう。裏面のジャケットにはこれまたカーリーの顔がクローズアップされており、以降、彼女のトレードマークとなる大口が、これまた強烈にセックス・アピールしていた。考えてみれば、『ウッドストック・フェス』から3年しか経っていないのであり、時代はラヴ&ピースの真っ盛り、ウーマン・リヴ運動なども盛り上がっていたものだった。これからは、ノーブラなんて当たり前、開けっぴろげな女性が巷を闊歩するようになるのだろうかと胸をときめかせていたのかどうか。

通算三作目、超豪華メンバーの参加も目を惹く大傑作

 いち早くこのアルバムを買ったのは、アルバム収録曲「You're so vain」が大ヒットし、深夜ラジオでヘヴィローテーションだったからである。毎日、2度、3度とラジオから流れてきたものだ。初めて耳にした瞬間から、これはいい曲だと思った。よく練られた曲構成というか、導入から中盤、サビ、転調、ギターソロ、リフレインと、それぞれのメロディーが違和感なく連結し、とてもドラマチックだった。ベースによるイントロは、たぶん『ロック10選』に入るか入らないかと評されるほど印象的なもので、今でも頭出しの『イントロ・クイズ』でこのイントロが流れれば、飛びつくようにボタンが押せるだろうと思う。
 このベースを弾いたのは英国のバンド、マンフレッド・マンのベーシストだったクラウス・フォアマンである。クラウスはベーシストというよりは、画家、イラストレーターとしての仕事もよく知られ、ビートルズの『リヴォルバー』('66)のジャケットのイラストを手がけた、と言えば分かりやすいだろうか。ビートルズのメンバー、特にジョン・レノンとジョージ・ハリソンと親交が熱く、彼らのアルバムやコンサートでも頻繁に共演したクラウス・フォアマンである)。近年公開された彼の『Klaus, A Sideman's Journey』という映像作品の中で、クラウスが米国東海岸の島(マサチューセッツ州マーサズ・ヴィンヤード)に住むカーリー・サイモンの住まいを訪ねて、何十年振りかの再会を喜び合いながら、あの「You're so vain」のイントロについてふたりで語り合うシーンがあった。

 クラウス・フォアマンの参加も大きなものだったが、このアルバムのレコーディング・メンバーはちょっとないぐらい豪華なものだ。長くなるが、あまりにもすごい人たちなので並べてみようか。
 まず、ビッグなところからいくと、収録曲「Night Owl」でポールとリンダのマッカートニー夫妻がバッキングヴォーカルで参加している。それから、レコーディング時は恋人同士だったジェームス・テイラーが「Wanted So Long」でやはりコーラスで参加している。同曲にはまたリトル・フィートのロウエル・ジョージがスライドギターで、ビル・ペインがキーボードでサポートしている。
 リズム隊にはアンディ・ニューマークとジム・ゴードン、ジム・ケルトナー、ベースには前述のクラウス・フォアマンとすごすぎる面子がズラリ。
 また、ストリングスのアレンジにエルトン・ジョン、マイルス・デイヴィスとの仕事でも知られるポール・バックマスターが関わり、その関連でキーボードでピーター・ロビンソン(ザ・クォーターマス)も参加している。キーボードの参加者はとりわけ豪華で、他にもローリング・ストーンズ、ジェフ・ベック・グループ、クィックシルヴァー・メッセンジャーズ・サービス、ジョージ・ハリソンといった一流どころと仕事をこなしているニッキー・ホプキンスも加わっている。
 と、いい加減、目がクラクラしてきそうだが、他にもパーカッションにレイ・クーパー、サックスにボビー・キーズ、コーラスにボニー・ブラムレット、ドリス・トロイとため息が出そうな名前が連なっている。そして、極めつけとなるのが、大ヒット曲「You're so vain」でバッキングヴォーカルで参加したミック・ジャガーということになる。
 ミックの参加は今では周知の事実だが、アルバムリリース時、そして現在も正式にはクレジットされておらず、表向きは「ミックも参加しているらしい」という程度に名前は伏せられているのだが、サビの部分で上手く裏メロを取りながら抜群のコーラスを決めている声がミック・ジャガーであるのは疑いようがないものだ。ミックが参加した経緯はたまたまのことで、本来はハリー・二ルソンが担当するはずだったのだが、スタジオに居合わせたミックが試しに歌ってみたところ、そのヴァージョンを聴いたニルソン本人が絶賛して自分が歌うのを拒否、ミック参加ヴァージョンが本採用になったという話である。

 それにしても、アルバムリリース後に結婚することになるジェームス・テイラー(デビューはビートルズの立ち上げたアップルレコーズ)の人脈もあるのだろうが、よくこれだけの面子がセッションに参加したものだ。プロデュースにあたったのはリチャード・ペリー。アメリカ人の彼は60年代から70年代に凄腕のプロデューサーとした鳴らした男で、その経歴にはキャプテン・ビーフハートやファッツ・ドミノ、タイニー・ティムといった異色のアーティストから、バーブラ・ストライザンド、レイ・チャールズ、ニルソン、アート・ガーファンクル、ロッド・スチュワート、マンハッタン・トランスファー、ダイアナ・ロス、リンゴ・スター等々、錚々たるアーティストの名前が並ぶ。超個性派のビーフハートやタイニー・ティムは別として、AOR系のアーティストを多く手がけていることからも察せられるが、相対的にアルバムとしてのバランスを重んじるというのか、これだけの豪華アーティストが参加していても、それと感じさせないくらい自然に使いこなしているところに感心してしまう。そう言われて聴けば「ふーん」と頷く(ロウエル・ジョージのスライドギターは結構目立っているか)ぐらいで、皆、きちんと役割に徹しているわけだ。そのあたり、プロデューサー=ペリーのバランス感覚、統率力は大きなものだったろうと察せられる。本作での大成功に気をよくしたペリーは次作『HOTCAKES』('74)『PLAYING POSSUM』(’75)とカーリーとの制作タッグを組んでいくこととなる。余談になるが、本作のレコーディングはロンドンのトライデント・スタジオ(エルトン・ジョンやデヴィッド・ボウイらがよく利用した)で行なわれているのだが、米国からわざわざ英国まで出かけていった理由はよく分からない。それがトレンドだったのかもしれない。必然的というべきか、セッションには英国人ミュージシャンの参加が多くなったのは吉と出たと言えるのだが。そう言えば、本作のレコーディングと同年に、あのイーグルスがデビュー作をやはりロンドンでレコーディングしているのだが(こちらはプロデューサーも英国人のグリン・ジョーンズ)、結果的にグループ本来のカントリーロック臭がたくみに抑え込まれたものとなって、新しいアメリカンロック・バンドの誕生を一般にアピールすることに成功している。それまでのイーグルスはリンダ・ロンシュタットのバックバンドであり、メンバーの出自であるカントリーの雰囲気が濃かったのだ。

次代に先鞭をつけたサウンド、アレンジ面での新しさ

 本作もリリースから43年という年月が過ぎていながら、古びたところがまったく感じさせないのも、名盤たらしめているところだろうか。楽曲がよく練られていて粒ぞろいなことが一番だが、演奏が極めて洗練されている点も大きいだろう。2015年の現在でも、充分に通用する音だ。
 ちなみに、夫君が大きく制作にも関わっていたキャロル・キングのこれまた記録的な大ヒット作『Tapestry(邦題:つづれおり)』('71)は本作がリリースされる前年に出ている。本作が出て、「You're so vain」がヒットチャートを駆け上っている時には、同じチャート内にキャロル・キングの曲も同居していた可能性は大いにある。まさに同時代を代表する女性シンガーの2作。奇しくもどちらにもジェームス・テイラーが関わっていながら、それでも、両作は微妙に感触が違う。
 キャロルの『Tapestry(邦題:つづれおり)』はいかにもシンガーソングライターのアルバムという手触りを感じさせるものだったが、カーリーのアルバムから伝わってくるのは、どことなく来るべきクロスオーヴァー/フュージョン的なサウンド到来を予感させるものがある。そのあたりはジェームス・テイラーの影響が大きいのだろうと思う。自身のバックバンドともいうべきザ・セクションともに制作されたジェームス・テイラーの初期の諸作などは、今聴いても時代に先駆けていると思わせるジャズ、フュージョン的なミニコンボとヴォーカルの極めて洗練されたアンサンブルだから。
 もっとも、フォークシンガーとしてスタートしながら、クロスオーヴァー/フュージョン的なアプローチにシフトして意欲作を発表し続け、成功を収めるのはジョニ・ミッチェルだと思われる。しかし、彼女がその方向へとシフトチェンジするのは『Court and Spark』('74)からであり、同時期、またジョニのほうはシンプルなフォークシンガー然とした(それでも変速チューニングを駆使したギターでかなりコンテンポラリー感たっぷりだったが)作品を発表し続けている段階だった。そういう意味では、カーリー・サイモンはジェームス・テイラーと出会ったことで、少し時代に先駆けることができたのかもしれない。
次作となる『HOTCAKES』('74)となると、そのクロスオーヴァー/フュージョン的なサウンド指向はさらに強まり、前作からほぼ同メンバーの面子に加え、ギターにロビー・ロバートソン(ザ・バンド)、ピアノにドクター・ジョンの参加が目を惹きはするものの、サックスにマイケル・ブレッカー、ハワード・ジョンソン、パーカッションにラルフ・マクドナルド、ドラムにビリー・コブハム、ギターにジョン・ピザレリ、デビッド・スピノザ、ベースにリチャード・デイヴィス…etcとジャズ、フュージョン系アーティストが大増量されている。

 カーリー・サイモン本人のことについても少し触れておきたいと思う。1945年生まれということなので、本作リリース時は27歳だったことになる。大手出版社の社長を務める父親の次女として生まれた彼女は裕福な幼女時代を過ごしたという。生粋のニューヨークっ子だそうだ。1964年に姉のルーシーとサイモン・シスターズという姉妹フォークデュオを組む。これが実質的な音楽デビューとなる(デュオは2年後の66年に解散している)。この年代とニューヨークという土地を関連付ければ、ふたりが何を思ってフォークソングを歌い始めたのか、おぼろげながら察しがつく。時あたかも60年代のフォーク・リヴァイバル・ムーブメントの真っ盛りであり、フォークやブルース、トラッドが再評価され、グリニッジ・ヴィレッジを中心に、多くのフォークシンガーがカフェやライヴハウスで歌っていた頃である。ボブ・ディランが「Blow'in In The Wind(邦題:風に吹かれて)」('62)のヒットを飛ばし、世界を席巻している最中だった。このサイモン・シスターズの残した唯一のアルバムが近年発掘され、2006年にリイシューされたのは驚きだった。『Winkin', Blinkin' and Nod / The Simon Sisters (Lucy and Carl)』というのがそれである。存在するとは聞いていたし、かつては米国ではLPで発売されており、マニアの間でコレクターズアイテムになっていたものだ。動画サイトでも姉妹が歌うカラー映像がアップされているので、興味ある方は検索されると良いだろう。さすが、良家の子女らしいというべきか、端正なデュオでなかなかいい歌を聴かせる。アルバムは彼女らが残した音源25曲が収められ、姉ルーシー作となるオリジナルに加え、トラッドやゴスペル、ピート・シーガーの曲など、なかなか渋い選曲が揃っている。もっとも、後のカーリーのような大ブレイクを予感させるものはない。

 しかし、見た目の派手さとは裏腹に、カーリー・サイモンが正統派というか、米国伝統のフォークソングをリスペクトしているらしいことは、本稿で紹介している『No Secrets』にも示されていたのだった。このアルバム収録曲の中に「The Carter Family」という曲が収められている。
 The Carter Family(ザ・カーター・ファミリー)こそは、米国フォークミュージックのみならず日本のフォークソングの模範となったグループで、1927年から1943年にかけて活動し、カントリーからブルーグラス、フォーク、ポピュラー音楽全般に大きな影響を与えたグループだ。彼らはアメリカ南部アパラチア山岳地帯で歌い継がれてきたバラッド等の民謡や、それをベースに作られたオリジナルをレパートリーとし、宗教や家族をテーマにした歌、そこにゴスペルのような独特のハーモニーを加えたことで知られている。「Keep on the sunny side」「Wildwood Flower」といった曲は、現在でも世界中で歌い継がれている名曲である。そんな彼らにリスペクトを示すように、アルバム中に“The Carter Family”とタイトルを付けた曲を加えているところに、カーリーのシンガーとしての気骨のようなものを感じる。そう「私はポップ・シンガーじゃないのよ」と。

 リチャード・ペリーとのプロデューサー契約が切れても、大ヒットの余波は続くとばかりに、カーリーはテッド・テンプルマン、アリフ・マーディン、マイク・マニエリ…と優秀なプロデューサー、アーティストとパートナーを組み、アルバムは大ヒットとまではいかなくても、トップシンガーらしいセールスを記録し続けた。シングル曲では映画『007 私を愛したスパイ』の主題歌 「Nobody Does It Better」('77)は「You're so vain」に続いて全米2位を記録のヒットになり、翌年にはマイケル・マクドナルド(当時はドゥービー・ブラザーズのメンバー)と共作した「You Belong To Me」が全米6位を記録した。80年代になっても映画『ワーキング・ガール(Working Girl)』の主題歌「Let the River Run」('89)でアカデミー歌曲賞を受賞している。近年はジャズスタンダードにの方面にも領域を広げたらしく、『Moonlight Serenade』(2005)が全米7位を記録するヒットになっている。
 『No Secrets』リリース後に結婚したジェームス・テイラーとはロック界きってのおしどり夫婦と呼ばれていたものだが、83年には離婚している。先にクラウス・フォアマンがカーリー・サイモンの訪ねて住まいのあるマサチューセッツ州マーサズ・ヴィンヤード島を訪れたというくだりを紹介したが、マーサズ・ヴィンヤード島は昔からアーティストコロニーとして画家や音楽家、セレブリティが暮らす有名なところで、かつてはジェームス・テイラーとカーリー夫妻も住んでいた。もしかすると、カーリーは離婚後も同じ家で暮らしているのかもしれない。
 彼女も現在、御年70歳ということになる。近年も元気にステージで歌っている姿が動画サイト等にもアップされているのを観たが、声質こそさすがに低音気味になっているものの、昔と変わらないスタイルと大きな口で優雅に歌っている姿を披露していた(ますますスティーヴン・タイラーに似てきた感)。

  • minp!音楽ニュース(2015年06月19日)
  • 制作協力:okmusic UP's