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5人で作り上げるLUNA SEAの音世界、 その臨界点を示したアルバム『MOTHER』

所謂ビジュアルロックシーンの先駆け的存在でありながらも、深淵な音世界を作り出すことでそのカテゴリーを完全に超越し、日本を代表するロックバンドのひとつにまで登り詰めたLUNA SEA。ジャムセッションで楽曲を作り込んでいくという極めてバンドらしい方法論を貫き続け、彼らならではの独自のサウンドを構築してきたスタンスは実に素晴らしいが、その姿勢の極北にあるのがアルバム『MOTHER』だ。およそ20年前に発表されたアルバムであるものの、今聴いても勢いと緻密さが見事に同居した、人知を超えた印象すらある大傑作である。

 バンド結成25周年を迎え、昨年より続けていたアニバーサリー・ライヴツアーを大阪城ホールで締め括ったばかりのLUNA SEAだが、ツアーの最終章として2015年6月27日・28日にロックフェス『LUNATIC FEST.』を主宰、開催する。LUNA SEAを中心に、GLAY、SIAM SHADEといった同時代にシーンを盛り上げたアーティスト、the telephones、凛として時雨らLUNA SEAからの影響を公言するバンド、そしてDEAD END、AION、D'ERLANGER、LADIES ROOM、TOKYO YANKEESといった先達のレジェンドたち、さらにX JAPAN、BUCK-TICKの参加も決定し、シーン総ざらいとも言える極めて豪華なメンツが揃った。これは間違いなくLUNA SEA主宰でなければ実現不可能なイベントであろうし、かなり大袈裟に言えばLUNA SEAというバンドの歴史的存在意義を示す偉業になるのではないかと思う。2010年の“REBOOT”が文字通りのリブート(=再起動)であって、リユニオン(=再会)といった感傷的なものではなかったことが図らずも証明されたといってよい。94年9月、シングル「TRUE BLUE」がノンタイアップの姿勢を貫き通した上でチャート1位を獲得。ポップス勢に分け入って自らのポジションを確立し、新たなメインストリームを作り出した功績は日本ロックシーンの歴史的転換点だったと言えるが、フェスですら形骸化しつつある昨今、LUNA SEAの手によって新たなパラダイムシフトが起こる予感すらある。彼らは再び音楽シーンの脱構築にとりかかろうとしているのではないかと思うし、その具現化が『LUNATIC FEST.』ではないだろうか。

 振り返るとLUNA SEAがシーンに与えた衝撃はかなり凄まじいものであった。インディーズ1stアルバム『LUNA SEA』をX(現:X JAPAN)のYOSHIKI主宰のExtasy Recordsよりリリースした話題性と、活動開始直後から多くのライヴをソールドアウトさせた実績を引っ提げて、92年にアルバム『IMAGE』でメジャーデビュー。パンクやハードロックをベースとしながらも、テンションコードに加えて、ギターシンセやヴァイオリンをフィーチャーするなどして構築した音世界は初期からあか抜けていた。ロックミュージックは得てして勢いで迫れば汗臭くなるし、緻密さや繊細さを強調すればマニアックになるが、勢いだけでもなく、緻密さだけでも、繊細さだけでもない。その両方を内包した音世界──言うなれば“瀟洒なパンク” “瀟洒なハードロック”がLUNA SEAのサウンドであり、そのそれまで触れたことのなかった音像に多くのリスナーが囚われの身になった。そのオリジナリティーあふれるLUNA SEAサウンドは、メンバー5人で作り上げるというスタイルが基本。原曲は誰かが持ち込むものの、それをジャムセッションで作り込んでいく手法をとっていたという。それは今も変わっていないはずだが、その彼らならではの鉄則はやはり注目に値する。そういった方法論を用いたからこそ、LUNA SEAの音が生まれたのは間違いない。誰かひとりがイニシアチブを取るなり、プロデューサーがハンドリングしたのでは、あのサウンドには至らなかったはずだ。少なくとも当時のメジャーフィールドにそんなバンドはおらず、その方法論を貫いたスタンスは驚異的だったと言わざるを得ない。

 そんなLUNA SEAサウンドが4thアルバム『MOTHER』で臨界点を迎えたことは、当時を知る人なら誰もが認めるところではないだろうか。それまで以上に充実した楽曲制作期間、リハーサル期間を経て、満を持して94年に発表された本作。アルバム同梱のライナーノーツや当時のインタビュー記事を読むと、いずれも素晴らしい作品ができたことを絶賛しつつも、何がどうしてこうなったのかといった具体的な言及が見られないのだが、今も確認できる『MOTHER』という作品が放つ高揚感、緊張感は確かに明文化しづらい。強いて言えば、LUNA SEAサウンドの深化ということになるだろうが、これではいかにも陳腐だ。確かにM3「FACE TO FACE」ではインダストリアル、M4「CVILIZE」ではデジロックと音作りも多様化している上、タイトルチューンのM11「MOTHER」やM5「GENESIS OF MIND~夢の彼方へ~」では重厚感が増したことを示しているのは間違いないが、ことはそんなに単純なことでもない気がする。リリース当時、メンバーが「何か大きな力が働いた」と語っている通り、人知を超えた印象はある。何よりも素晴らしいのは、若干の外音やデジタルエフェクトはあるものの、やはり基本はLUNA SEAならではの鉄則──メンバー5人のアンサンブルで楽曲が構築されているところだ。いずれもやや突っ込み気味で、覇権を争うかの様にせめぎ合うベースとドラムス、リードとサイドの区別などなく、それぞれ個性的で並び立つと不協和音のように聴こえなくもないツインギターとヴォーカル。それらが折り重なる様は全11曲全てにおいてテンションが高く、遠慮会釈のない感じが実にカッコ良い。

 誰かひとりがイニシアチブを取るのではなく、ジャムセッションで楽曲を作り込んでいく手法の極北が『MOTHER』であったと言えるが、LUNA SEAというバンドはマネジメントにおいても意思決定は全会一致が原則で、提案に対し決は取るが1人が否定すれば、その案は棄却されるという方法論を取っていた。そのストイックな姿勢は今もなお称賛に価する。しかしながら、その崇高な理想は傍から見て明らかに脆さも内包しており、00年にLUNA SEAは終幕する。当時のバンドは臨界を超え、制御が効かなくなったといったところだったのだろう。M2「ROSIER」で《I am the trigger》と叫び、「シーンに風穴を開ける──その引き金になる!」と宣言し、見事に有言実行したわけだが、同時にバンド崩壊への引き金になったというのは何とも皮肉な恰好だったが、以後、07年に一夜限りの復活、08年のhideの追悼イベントへの参加を挟んで、前述の通り、10年に“REBOOT”(=再起動)し、今に至っている。アニバーサリー・ライヴツアー(単独公演)を終えて「当分ツアーというかたちではみんなに会えないかもしれない」としながらも、「さらなる高みを目指す」と明言したことから、むしろLUNA SEAの進撃はこれからと捉えてもいいようだ。ロックフェス『LUNATIC FEST.』はツアーの最終章であると同時に、LUNA SEAが仕掛ける新章と想像できる。当日を楽しみにしたいが、今年は台風の日本接近が早い年でもあり、天候がかなり気になる。何せ過去に何度も天候に祟られた経験のある、人呼んで“嵐を呼ぶバンド”である。そのジンクスは終幕以前のもの…ということにしておいてほしいところだ。

  • minp!音楽ニュース(2015年05月20日)
  • 制作協力:okmusic UP's