エンタメ情報まとめ minp!

え?あの人もイカ天出身だったの?!平成名物TVが輩出した有名バンド

『三宅裕司のいかすバンド天国(通称・イカ天)』は、平成の時代になってすぐの1989年2月11日に始まり、1990年12月29日まで続いたオーディション番組で、そのおよそ2年の間に現在非常に知名度の高いバンドを多く輩出する番組でした。その週勝ち抜いたバンドがイカ天キングとなり、5週勝ち抜くとグランドイカ天キングとしてメジャーデビューを果たしていきました。そんなイカ天を知らない世代の方にとって、現在では非常に有名なバンドがイカ天出身のバンドであると驚く名前が飛び出してきます。では、そんなイカ天出身バンドをご紹介していきましょう。

■印象的なファンクで初代グランドイカ天キングとなった「FLYING KIDS」

栄えある初代初代グランドイカ天キングはFLYING KIDSでした。初登場の際は7人という大所帯が珍しく、またボーカル・浜崎貴司ののん気なトークとジャージ姿が印象に残る登場でした。しかし、ひとたび演奏が始まるとダンサブルなファンクに無骨ながらもメロディアスでメッセージ性のある歌詞が絶賛されついに5週勝ち抜きのグランドイカ天キングとなったのでした。デビュー曲の「幸せであるように」もイカ天で披露されアマチュアらしからぬ存在感を見せつけました。

■今では沖縄ミュージックを代表する2代目グランドイカ天キング「BEGIN」

石垣島からきた3人組は素朴さを感じさせる風貌で、また南国らしいが輝きをもったグループ・BEGIN。その週グランドイカ天キングに挑戦しようとしていたNORMA JEANへ挑んだ結果、彼らのそのレベルの高さにイカ天キングは入れ替わりました。
それから5週を勝ち抜き2代目グランドイカ天キングとなった彼らですが、当時彼らの名を全国に知らしめたデビュー曲である名曲「恋しくて」は辛口の審査員たちも固唾を呑んで聴き入るほどでした。デビュー以降はみんなの知る通り、沖縄ミュージックを代表するバンドへと成長していきました。

■奇抜にブレイク!あの名曲も飛び出した3代目グランドイカ天キング「たま」

奇妙奇天烈なバンドの登場に司会の三宅裕司と相原勇もややたじたじでありました。
そのバンドこそ超個性集団のたまでした。好奇の目で見られた彼らの演奏が始まると一気にスタジオがぶっ飛ぶ程の個性的な音楽で満たされ、イカ天キングを獲得します。そしてあの名曲「さよなら人類」で人気は浸透し、ついに第3代グランドイカ天キングになったその年の紅白歌合戦に出場という大快挙を成し遂げたのでした。
シュールな歌詞と非常に素晴らしい演奏能力はたまブームを巻き起こし、彼らのサウンドは今聴いても新鮮な驚きを感じさせてくれます。

■1週だけのイカ天キングだったけど今でも人気の「JITTERIN'JINN」

在位が一週のみであったため、ほとんどイカ天出身という記憶が薄いかもしれませんが、JITTERIN'JINN(ジッタリンジン)もイカ天出身だったんです。
メジャーデビューした後、「プレゼント」「にちようび」「夏祭り」などが大ヒットしました。「にちようび」はオリコン初登場1位を記録した人気ナンバーですね。あと、「夏祭り」は2000年にWhiteberryがカヴァーして大ヒットしたため、ジッタリンジンを知らなくても曲だけはご存じの方も多いのではないでしょうか。2ビートの素敵な音楽を提供してくれました。

■圧倒的なロックンロールで伝説となった6代目グランドイカ天キング「BLANKEY JET CITY」

ボーカル浅井健一、ベース照井利幸、現在は俳優としても有名な中村達也3人による伝説のロックンロールバンド・ブランキージェットシティは、初登場からストレートでありながらも個性的なロックンロールで圧巻の演奏を見せ、文句なしの勝ち抜きを続け、最後の5週目に「狂った朝日」を演奏し、第6代グランドイカ天キングに輝きました。
それはまさに後期のイカ天を盛り上げた最大のグループといえるでしょう。椎名林檎からもリスペクトされる孤高のロックンローラー浅井健一は、現在もソロの公演でブランキー時代の曲を演奏することがあります。

イカ天は始まって早々から深夜放送であるにも関わらず話題を集め、その年の新語・流行語大賞の流行語部門・大衆賞を受賞するまでになる程の人気番組でした。三宅裕司と相原勇の名司会に、多彩な審査員とユニークな審査システムも大いに番組を盛り上げました。今はイカ天のようなオーディション番組はありませんが、是非また素晴らしいバンドを輩出する番組が始まることを期待したいですね。

  • minp!音楽ニュース(2015年12月20日)
  • 制作協力:okmusic UP's