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元チェッカーズ・鶴久政治の長く苦しい“しくじり”人生とは?

2015年11月30日(月)午後7:00からの反面教師バラエティー「しくじり先生 俺みたいになるな!!」の3時間スペシャルにて、元チェッカーズの鶴久政治が“楽なポジションにいたら、空気みたいな存在になっちゃった先生”として熱血授業を繰り広げる。


1983年にデビューしたチェッカーズは、84年に「涙のリクエスト」が大ヒットし、「ギザギザハートの子守唄」「哀しくてジェラシー」と3曲同時に「ザ・ベストテン」にランクインするほど大ブレイク。髪型を若者たちがこぞってマネするなど社会現象も巻き起こし、国民的人気バンドの地位を不動のものとしていく。しかし、鶴久は“当時、自分はチェッカーズにとって、いてもいなくてもいい空気みたいな存在だった”と初告白。それは、楽なポジションに甘えまくり、自ら率先して主張しなかったためだと自己分析する。

実は、鶴久がチェッカーズに加入した当初は、サイドボーカルではなく“4人いるメインボーカルのひとり”であったそう。ところがデビューが決まった途端、鶴久の知らないところでスタッフがメインボーカルを決定し、レコーディング当日には歌うパートが「♪う~♪わ~♪ だけだった!」と明かす。しかし、自分がサイドボーカルになるとわかった鶴久は不満を言うどころか「…楽だし、まぁいっか!」と、そのポジションに納得し“事なかれ主義キャラ”を受け入れたことで、シルクロードならぬ“鶴苦(ツルク)ロード”を歩むことになり、そこから長く苦しい人生が始まったと告白。そんな鶴久の悲しい事件の数々、そしてファンからよばれていた悲しいニックネームとは…!?

超絶人気を誇ったチェッカーズも、デビュー10年目の1992年には解散。“空気状態”を長く過ごした鶴久は、解散直後から仕事が激減し、さらにキツイ“空気人生”を送るハメに…。しかしながら、彼の胸には「どうせ再結成するっしょ!」という淡い期待があったという。ところが、そんな鶴久の願いを打ち砕く重大事件が次々と発生して…!?

授業では、元モーニング娘。の保田圭が鶴久の吐露に共感しきり。一方、乃木坂46の高山一実は「このままだと、あなたは間違いなく“鶴久コース”ですよ!」と指摘され、同じ福岡県出身の森口博子はその告白授業に涙、涙…。ラストには、鶴久が「空気のような存在だった自分だからこそできることがある!」と思いの丈をぶちまけ、チェッカーズのメンバーに向けて、ある“リクエスト”を熱く呼びかける。果たしてその内容とは…!?

さらに、今回の放送では、10年ほど前に“ギター侍”で人気を博したお笑い芸人の波田陽区も先生として登場。こちらは、自分がイタイ奴だと気付かずに社会から孤立しないための授業を展開する。

番組の詳細については、公式サイト(http://www.tv-asahi.co.jp/shikujiri/)をチェックしよう。

  • minp!音楽ニュース(2015年11月29日)
  • 制作協力:okmusic UP's